★中学生の読書メッセージ!★佳作

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教育ルネッサンス賞


「命の授業」を読んで


ぼくは感想文を書くにあたり、実話の本を探していた。その時、目に止まったのがこの本だった。今の時代、いじめやストレスなどで自殺する人をよく、テレビや新聞で聞く。改めて「命」と言うのはどれほど大切かを学びたいと思った。
2002年に腰塚さんがスキーで転び、首の骨を折って、医師から「たぶん、一生寝たきりか、よくて車いす生活。」と言われ、自殺を考えたが、事故で死んだ教え子、病気で死んだ友人の存在、そして家族、生徒、友人の支えを受け、生きると決めた。そして腰塚さんに奇跡が起き、生きている中で色々な気持ちに気づいていくと言う実話である。
ぼくが心に残った人物それは奥さんだ。自殺しようとしていた腰塚さんを支えてくれたのは、家族、生徒、友人の存在だった。その中で同じく辛かったはずの奥さんがかけた言葉「何があってもずっと一緒にいるから・・・。」と言うことがジーンと来た。ぼくが同じ立場だったらこんな言葉がかけられるだろうか。
今、腰塚さんが伝えようとしていることは、「命の大切さ」、「周囲の支え」、「前向きに生きる力」、「生きていることの喜び」、「感謝の心」などである。普通、事故のせいにして前向きなことは考えられないが、腰塚さんは、今は事故に感謝しているそうだ。この事故がなかったら、当たり前のように生きていて気づかなかったかもしれない。腰塚さんから教えてもらった大切なことを常に心にしまって命を大切にして生きていきたいと思った。
普段、「死ね、消えろ、ウザイ、キモイ。」など悪い言葉を使っている人が多い。命を軽く考えてほしくないと思うので、生きることの大切さをぜひみんなに伝えたい。
ぼくはいつも「死にたくない」と思っている。でも、もし腰塚さんと同じ運命だったら、「死にたい。」と思っていたかもしれない。この本を読んで、改めて生きることの大切さを学んだ。一人で生きている訳ではない、周囲の人の支えがあって生きている。自分が死ぬとどれだけの人が悲しむか、常に心がけたい。
この本で心に残った言葉がある。「口」は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう。「耳」は人の言葉を最後まで聞いてあげるために使おう。「目」は人のよいところを見るために使おう。「手足」は人を助けるために使おう。「心」は人の痛みが分かるために使おう。
口、耳、手足、心はだれもが生まれ付き持つ物。それについて深く考えたことなんて今までに一度もなかった。当たり前にある口、耳、手足、心をこれからは腰塚さんが言うように使っていきたいと思う。そして腰塚さんはあの辛さを乗り越えたからからこそ強い人間になったのだと思った。これからはどんな辛いことがあっても乗りきれるような気がする。


鴻巣市立吹上北中学校1年 山下来輝

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教育ルネッサンス賞


「かわいそうな ぞう」を読んで


上ののどうぶつ園では、ぞうのおりの前の広ばで、二とうのぞうがげいとうをしているそうです。
そのにぎやかな広ばから、すこしはなれたところに、一つの石のおはかがあります。それはどうぶつたちのおはかです。
ある日、どうぶつ園の人がそのおはかのかなしいぞうのものがたりを聞かせてくれたそうです。
ここまでこの本を読んだとき、わたしは
「どんなかなしいお話なんだろう。」
と思いました。
つづきを読んでみると、
むかし、せんそうがあったころのどうぶつ園には、3とうのジョン、トンキー、ワンリーというぞうがいたそうです。
でも、ばくだんがどうぶつ園にあたり、どうぶつたちが町に出るときけんなので、どうぶつたちにどくをのませてころしてしまうことになったそうです。
わたしは、この本を読んだあとに、ぞうとしいくがかりさんの気もちを考えてみました。
ぞうは、わるいこともなにもしていないのにころされるのが、かなしかったと思います。また、なにも食べていなくて元気がないのにがんばってげいとうをして、えさをほしがっているところにかんどうしました。人をよろこばせて、えさをもらおうとしただけでなく、せんそうでこまっているしいくがかりさんをなぐさめようとしていたのかもしれません。また、いつも見にきてくれるおきゃくさんたちなどせんそうでつらい思いをしている人たちをおうえんしようとしていたのかもしれないと思いました。
しいくがかりさんはぞうにえさをあげてげいとうを教えたりしてすごしたかったのに、せんそうのせいでそれができなくなって、くやしかったと思います。せんそうがなければ、このぞうのようにほかのどうぶつたちもころされることはなかったと思います。せんそうになると、じぶんたちのくにがとられるかもしれないだけでなく、いろいろな人やどうぶつのいのちが、うばわれなくてもいいのに、うばわれてしまうかもしれないと思います。
わたしは思いました。
「もうせんそうにならないで。」


さいたま市立大東小学校2年 石川暁葉

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「やんちゃ子グマがやってきた」


この本は、長崎県の佐世保市にある動物園に子グマたちが来るところから話が始まりました。生まれて間もないこの二頭のオスとメスは、ちょっとでもさわると死んでしまいそうなほど小さかったのです。本当は子グマは長野県の森の中で母グマと一緒にいるはずでした。でも、母グマは食べ物を探しに町に出てしまったために、人間によって殺されてしまったのです。母グマは子どもたちのために町に行ったのかもしれません。危険だとわかっていても、ミルクのために食べ物を探していたのかも・・・。そう思うとショックでした。
母グマが死んでしまったので、巣あなに残された子グマたちが、その動物園に引き取られていったのです。子グマたちはちゃんと生きていけるのか、自分たちでこの小さな命をつなげていけるのか、このときだれもが心配しましたが、動物園のスタッフの手厚い飼育により、すくすくと育っていきました。
スタッフの石井さんと大島さんがミルクをやったり、うんちをさせたり、前田先生は、血液検査や健康状態を見たり、いろいろなスタッフが子グマのために力をつくしているのが分かりました。わたしももし、そのスタッフの一員だったら全力をつくすと思います。本を読んでいても、かんだり、あまえたり、じゃれ合っていることから生きる力が伝わってきました。わたしもこの命を守ってあげたい。そう思いました。
私は毎年、夏休みに山にキャンプに行きます。とてもきれいな山で、滝まで一時間歩いていくのが一番の楽しみです。その山にも、「ツキノワグマが出ます。気をつけて下さい。」とかんばんがでていました。そのときには、
「クマってこわい。クマが出てきたらどうしよう。クマなんていなきゃいいのに。」
と、思っていました。でも、この本を読んで、すべての動物と一緒に生きていける環境を、考えるようになりました。日本の森がもっと豊かで、そこに生きるものが森の中ですべて食べ物を得られたら、動物たちは、人間のいるところにはでてこないのでしょう。わたしたち人間のせいで、森に道路が通ったり、森自体が小さくなったりして、森の中だけでは生きていけない動物がでてきてしまったのかもしれません。わたしはこれから、子グマのお母さんのようなかわいそうな動物をださないように、なにができるか考えていこうと思います。


行田市立泉小学校4年 佐藤実夏

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教育ルネッサンス賞


「電池が切れるまで」


ぼくがこの本を読んだきっかけは、「電池が切れるまで」という題名にひかれたからです。
この本は、十一才で神経芽細胞腫という病気でなくなった、みやこしゆきなちゃんが書いた、「命」というタイトルの詩をもとに書かれた本です。この詩は、命を電池に置きかえて、命の大切さをうったえている詩です。この本には、ゆきなちゃんといっしょに病気とたたかった子ども達の様子や詩も書かれています。「命」の詩は、ゆなちゃんがなくなっても多くの人々に生きる勇気というものをもたらしました。
病院に、学校みたいな院内学級という所があるとは知りませんでした。だから勉強は大じょう夫だなぁと思いました。そんな院内学級で、みんながいっぺんに「せんせー」と言った所が面白かったです。病気なのに楽しそうなのが意外でした。つらくても何事にもがんばり、楽しい事を探している所が良いと思いました。
この本には、ゆきなちゃんの他にも病気とたたかう様子が書かれています。みんないたくて、お母さんに会えなくて、さびしくて、つらい思いをしながらがんばっています。特にゆきなちゃんがすごいと思ったのは、お母さんに自分がすごくつらいのに無理しないで、なんて言ってあげられる所です。ぼくだったら毎日来て、と言っているはずだから、そう考えるとゆきなちゃんはえらいと思います。ぼくはつらい思いなんて、ぜんぜんしていなくて幸せなんだと思いました。本に出てくる院内学級の子ども達は詩を書くのが上手です。それは、いつも命と向き合っているからだと思いました。
この本を読んでぼくが一番心に残ったのは、命の大切さについてです。昨日まで遊んでいた友だちが、今日とつぜんいなくなってしまうのが、死ぬという事なんだと思いました。ぼくがこんな目に合ったら、かなりのショックを受けてどうなってるか分からないと思います。電池のように取りかえる事のできない命だから、大切にしなくてはいけないなと思いました。もし大切にしていない人を見かけたら、ゆきなちゃんの「命」の詩を教えてあげたいです。
ぼくは、命についてもっと深く考えていきたいです。また、病気についても、もっと深く知りたいです。これからもこの本を読んで感じた事を生かしていきたいと思い、実行したいです。
ぼくも「命」の詩のように、命がつかれたと言うまでせいいいっぱい生きようと思いました。


伊奈町立小針北小学校5年 飯塚航大

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「なやみをのりこえて、よろこびをつかめ」


これは、ベートーベンが日記に書いた言ばで、この本を読んで一番わたしの心にのこった言ばです。
ベートーベンは、音楽のおしごとをはじめてしばらくすると、耳がよく聞こえなくなりました。音楽家は耳がいのちなのに、どんなにつらかっただろう。いつかなおるとしんじていたのかな。
わたしは、ベートーベンになったつもりで、『エリーゼのために』を、電子ピアノの音を消してひいてみました。そして、本当にひくことができているか、母にイヤホンで聞いてもらいました。音が聞こえないと、ひいている間とてもふあんでした。多分、ベートーベンもそうだったと思います。それでも、むずかしいきょくをひいたり、新しいきょくを作ったりしたベートーベンは、とてもすごいと思いました。
わたしは、ひきおわって母にかんそうをきいてみると、ふだん通りひけていたと言われ、びっくりしました。でもそれは、わたしが毎日そのきょくをれんしゅうしていたからだと思いました。そして、きっとベートーベンも、まわりの人に同じことを言われたのかなと思いました。耳が聞こえるわたしでも、ゆびだけで音が正しく出せたことがとてもうれしかったので、耳がよく聞こえなかったベートーベンなら、どんなにうれしかったことでしょう。
『運命』は、耳がよく聞こえなくなってから作られたきょくだそうです。わたしが知っている中で、一番耳と心にのこるきょくです。耳がふ自ゆうだというかなしみから生まれたきょくだったなんて・・・。
ベートーベンの耳は、やがてほとんど聞こえなくなってしまったそうです。それでも音楽家をあきらめず、さい後までかんばって、自分の手でよろこびをつかみました。
これからはわたしも、何ごともさい後までやりとげられる人になりたいです。そして、よろこびをつかんでみたい。また、それを教えてくれたのはベートーベンだということを、けっしてわすれないと思います。


さいたま市立大宮小学校2年 加藤月琉

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「点子ちゃん」


私は、この本を読んで、目が見えないという事はどんなことだろうと考えました。私の目が見えなかったら、何がどこにあるか全くわからなくなってしまうと思います。
うちの中で、目をつぶって歩いて見ました。どこかかべかもよくわかりませんでした。いろいろな物にぶつかりました。
私は、こわいと思ったら、目を開けられますが、本当に目が見えない人は、見ようと思っても見られません。目が見えない人は不安に囲まれているのではないかと思います。
でも、点子ちゃんは耳や鼻を使って、そして、手も使って、目が見える人と同じように生活していました。足音やにおいで誰だか分かります。点字を触っただけで、字が読めるなんて、とてもすごい事だと思います。それだけ集中して、物を見ようとしているのだと思います。だから、亡くなったお母さんのことも、感じられるのだと思います。
また、この本を読んで、もうひとつ感じたことは、点子ちゃんと上野一平君は、強い絆で結ばれているのだなと感じました。なぜなら、上野一平君が、点子ちゃんを守ると決めたとき、点子ちゃんも一平君に対し、信頼感をよせるようになったのかなと思いました。何でも話せる、素直に感情が出せる、そんな友達になれていました。
それは、一平君のやさしさと、守ってあげる気持ちが点子ちゃんに伝わったからだと思います。目が見えない点子ちゃんが、いっぱい本を読んでいたり、いじわるされていてもけんかにならない言葉をかけたり、点子ちゃんのいいところをたくさん見つけられた一平君だからおたがいを思いやれる関係になれたのだと思います。
一平君が点子ちゃんのいた席に転入生が来ることをいやがったのは、一平君の心に点子ちゃんという存在が何物にもかえられない大切な存在になっていたのではないかと思います。点子ちゃんと共に座っていた席を、いつまでもいつまでもとっておきたかったのだと思います。
私は、左手を骨折しました。きき手ではないから大丈夫だと思いましたが、いろいろと不便でした。普段はわからないことでしたが、左手もとても大切なんだなと思いました。目が見えること、しょうがいがないことはとても、幸せなことだなと感じました。
だから、これからは、点子ちゃんに負けないくらい、いろいろな事に取り組んでいきたいと思います。
そして、一平君が点子ちゃんにやさしくしたように、しょうがいを持っている人にやさしくできるようにできるようになりたいです。また、しょうがいを持っている人だけではなく、困っている人がいたら、助けてあげたいです。


さいたま市立大宮小学校4年 平澪央

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「命をくれてありがとう」


僕がこの本を読んだきっかけは、相沢先生に感動する本だとすすめられたからです。
この本を読んでぼくは、命の大切さ、家族の大切さをあらためて感じることができました。
凱晴君は、「ナハトリソミー」という病気を持って産まれてきました。どんな病気かというと、食べ物がおなかに入るまでの道が、とちゅうで切れているから、口から食べることができません。他にも心ぞうにあながあいていたり、のうが小さくて無い部分もあります。はいや腸や心ぞう、ぼうこうにも病気があります。「この病気は、お母さんのおなかの中でなくなってしまうことが多く、産まれることができても、一番長くて一週間しか生きていることができなかった。」と、病院の先生が話されていました。
それでも、お父さんとお母さんとお姉さんは、凱晴君に会えるのを楽しみにしていました。凱晴君も、お父さんとお母さんとお姉さんに会いたくて産まれてきました。
でも、産まれてからはとても大変でした。ミルクを口から飲むことができないから、胃にあなをあけてチューブをさして、そこからミルクを入れていました。だえきがたまってしまうから、十五分に一回はきゅう引をしないといけませんでした。うまく息ができているか、心ぞうがきちんと動いているかを知るために、「サチュレーションモニター」という機械をいつも体につけていました。凱晴君は大きな声で泣くことができないので、この機械のアラームが鳴って知らせてくれていたのです。
だけど、お世話でつかれていたお母さんは、アラームの音に気がつかないことがありました。そんな時は、おばあさんが知らせてくれました。お父さんは、「男が家事なんてするもんじゃない」と言っていたけれど、凱晴君のためならお世話もするし、お母さんのお手伝いもするようになりました。お姉さんはお母さんと会えなくて泣いていたけど、凱晴君のために手紙を書いたり、「かい君大好き」といつも言っていたので、やさしいお姉さんだと思いました。家族みんなのきずながいっぱいでした。
でも、凱晴君は手じゅつをしなければならなかったり、はいえんになってしまったり危険なこともありました。
色々な危険をのりこえて、凱晴君は二才になりました。病院の先生が、ナハトリソミーの子は、長くても一週間しか生きられなかったと話していたけど、二才になった凱晴君は、すごいパワーを持った子なんだとぼくは思いました。どうしてそんなパワーをもっているのかは、家族みんなの凱晴君とずっと一緒にいたいという気持ちと、凱晴君のみんなとずっと一緒にいたいという気持ちが、通じ合っているからだとぼくは思いました。
ぼくは、手を骨折したことがあります。着がえが上手くできなくてイライラしたり、字を書くことも上手にできなくて、とても不自由でした。母にわがままを言って、何もやる気がなくなってしまいました。今考えると、とてもいやな子でした。
この本を読んで、ぼくの骨折は小さなことに思えました。美味しい物を食べたり、楽しく笑ったりできることが、とても幸せに感じました。そして、今ぼくが元気で幸せなのは家族のおかげだと思いました。ぼくは自分の命を大切にするために、毎日を大切に生きようと思いました。


さいたま市立慈恩寺小学校5年 小林航起


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